現役字幕翻訳者 田中武人氏のコラム 第二回

[2008-09-01]

田中武人氏
字幕翻訳家:
「太陽」「ホテル・ルワンダ」「CUBE」「ネイルズ」「ツォツィ」など、劇場映画を多数手掛けている。
ビデオ、DVDなどでは「スターゲイト」「モンティ・パイソン」「戦火のかなた」などの作品を担当した。

インタビューは<こちら>

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 第2回 「ジョークの訳し方」

 翻訳で一番難しい映画のジャンルはコメディかもしれません。「怒り」や「悲しみ」は万国共通ですが、「笑い」は千差万別です。バナナの皮で滑って転ぶといった、見た目で分かる笑いは別ですが、言葉や文化が違うと、何がおかしいのか分からないことが多いものです。
ある2カ国の首脳が会談をしたときの話です。A国の元首がジョークを言いました。B国の元首の通訳は、どう訳せば笑ってもらえるか悩みました。ヘタに訳して自国の元首が笑わなかったら、相手が気を悪くして会談は失敗に終わるかもしれません。そこで機転を利かせた通訳は次のように伝えました。「今彼がジョークを言ったので笑ってください」。B国の元首はそれを聞いて大笑いし、会談は大成功だったそうです。
 しかし映画では「ここで笑ってください」という字幕は付けられません。スクリーンの中の人間が笑っているのに、ちっともおかしくない字幕をつけたのでは興ざめです。特に難しいのはダジャレでしょう。言葉のシャレは直訳しても笑えません。一読して笑える字幕を作るには柔軟な発想が必要です。

(例1)
 A : Do you know what a light-year is? (2秒)
 B : Yes, it’s three-hundred and sixty-five days without ice-cream. (3秒)
 直訳すると「光年って何だか知ってる?」「ああ、365日アイスクリームを食べないことだろ」ですが、これでは何のことか分かりません。Bは「光」という意味のlightを「軽い」という意味に取り違えて「(体重が)軽い年」と思っているのです。言葉のシャレの場合は、同音異義語や発音の似た言葉を使って日本語のシャレを作ります。このとき原文の意味は多少変えてもかまいません。
(訳例)
 A「“光年”を知ってるか?」
 B「“高年”って年寄りのことだろ」
 「光年」という言葉と同じ音の「高年」を使いました。やや苦しい感はありますが、やむを得ません。

(例2)
A : I need a screwdriver. (2秒)
 B : I’m sorry. I’m all out of vodka. (2.5秒)
 A : No, I need to borrow a real screwdriver to open my trunk. (4秒)
 2人の会話の食い違いがお分かりでしょうか。“screwdriver”には「ネジ回し」の意味のほかに、オレンジジュースとウオツカで作るカクテルの意味があります。Bは後者だと勘違いして「ウオツカがない」と答えているのです。日本語ではネジ回しのことを「スクリュードライバー」とは呼びません。しかし「ドライバー」なら「ネジ回し」と「運転手」の2つの意味があるので、これを使ってダブル・ミーニングを処理できます。
(訳例)
 A「ドライバーが要る」
 B「悪いが運転できない」
 A「ネジ回しだよ
   トランクが開かないんだ」
 ときにはこのように言葉のシャレを優先させるために、原文の意味を変えることもあります。

(例3)
 A : What time do you go to the dentist? (2.3秒)
B : I don’t know. (1秒)
A : Two thirty. (1秒)
 このオチが分かりますか? Two thirtyはtooth hurt「歯痛」のシャレです。しかしそのまま「2時半」としたのでは笑えません。ここは日本語で語呂合わせを考えねばならないのです。
(訳例)
A「歯医者に行く時間は?」
B「さあ」
A「6:48」(「ムシバ」とルビを振る)
 このようにルビを使って分かりやすくします。翻訳者にはダジャレを作る才能も必要なのです。おあとがよろしいようで…。