現役翻訳者のインタビュー:田中武人さん
![]() |
File no.016:田中武人さん 映像翻訳歴 : 19年 大学で心理学を専攻し、卒業後就職せず塾教師などを数年続ける。文芸翻訳の通信講座で勉強を始め、スクールで映像翻訳を学ぶ。先生から制作会社を紹介され、ビデオやテレビの仕事を始める。現在は映像翻訳学校で講師も務める。 |
質問1.映像翻訳者になる前はどんな仕事をしていたのですか?
会社勤めはしたことがありません。塾の教師をしたり、外国通信社の日本支社で外電の翻訳のアルバイトをしたりしていました。
質問2. 映像翻訳者になろうとしたきっかけは?
学生時代から映画が好きで名画座巡りなどしていました。英語は得意だったので翻訳を勉強してみようと思ったのですが、当時は映像翻訳のスクールがまだなかったので、文芸翻訳の通信講座をやりました。数年後、スクールができたので通い、運よく先生から制作会社を紹介してもらえました。
質問3. どんなふうに勉強し、どうやって技術を磨かれたのですか?具体的な勉強方法は?
映像翻訳の学校に通ったのは1年ですが、それまでに文芸翻訳の勉強を5年ほどやっており、文庫本の下訳なども何冊かしていました。また、塾で高校生に英語を教えるなどしていたので、文法の勉強はみっちりやりました。それが役に立って1年でプロになれたのだと思います。
質問4. 翻訳で一本立ちできるようになるまでどのくらいの時間がかかりましたか?翻訳のみで収入を得ようと決断したきっかけは?
もともと会社勤めをしていないので、会社を辞めようかどうしようかと迷うことはありませんでした。ただ、バイトをやめて翻訳だけで生計を立てることには不安がありました。しかし次第に仕事が増えてきて両立が難しくなったので、辞めざるをえなくなりました。バイトなので、会社を辞めるほどの英断は必要ありませんでした。生活が苦しくなったらまた再開すればいい、というほどの気持ちでした。
質問5. 初めて受けた仕事について教えてください
映像スクールに通っていたとき、クラスに制作会社で働いている人がいました。その人から別の会社を紹介されて受けたのが初仕事です。なんと無名時代のロバート・デ・ニーロが主演しており、監督はブライアン・デ・パルマという作品です。
質問6 フリーランスで仕事をすることでの不安は?
やはり仕事がなくなったらどうしようかというのが一番の不安です。長くやっていると何度も波があり、一番ひどいときは数カ月も仕事が来ないこともありました。翻訳をやめようかと思ったことも何度もありますが、結局ほかに何もできないので続けてきたというのが実情です。
質問7 1本の仕事にかける時間はどのくらいですか?1日の作業時間を教えてください。
納期から逆算して1日の仕事量が決まりますが、だいたい8時間くらいだと思います。たまに仕事が重なって忙しいときは12時間くらいやるときもありますが、実際は10時間くらいが限界です。
質問8.現在、どんな仕事をしていますか?
映画のメイキングの翻訳を終えたばかりです。DVDの特典として入るものです。
質問9 翻訳環境を教えてください。 どんなPCを使いどんな字幕ソフトを使用し、辞書はどんなものを使っていますか?
パソコンはずっとウインドウズで現在はビスタです。字幕ソフトは使っていません。ベテランの翻訳者はスポッティングを自分でとることはほとんどないと思います。最近はSSTを所有してスポッティングを取るのが必要条件のようになっていますが、私も含めてベテランの翻訳者は、スポッティングは制作会社が取るもの、という固定観念があります。辞書はずっとリーダーズを使っていましたが最近はウェブのものを使っています。Urban Dictionaryはスラングを調べるのに役立ちます。質問10 仕事の時間を確保するために何か工夫をしていますか?
独身のころは夜中に仕事をして朝刊を読んでから寝るというふうに完全な夜型でしたが、今は家族がいるので時間を合わせなければなりません。しかしやはり仕事は夜がはかどります。そこで夜の睡眠時間は4~5時間とし、昼寝をすることで足りない睡眠を補っています。いわゆる「分眠」です。これが一番仕事がはかどり、家族と時間も合わせられるという折衷案です。
質問11 スキルを磨くために、日々気を付けていることは何ですか?
仕事が最大の勉強ですが、暇があれば映画やドラマを見るようにしています。セリフを聞きながら字幕を読み、学んでいます。
質問12 思い出に残る作品、または達成感を感じた作品は?
劇場公開作品の仕事でヒットすると、字幕の功績ではないにせよ、嬉しいですね。私の翻訳作品では「CUBE」「ホテル・ルワンダ」「太陽」「ツォツィ」などがあります。また「クライング・ゲーム」という映画は、たまたまアメリカで見て気に入ったのですが、後にNHK-BSで放映されるときに仕事をし、縁を感じました。
質問13 長く仕事をしてきて、忘れられない出会いはありますか?
スクールでご教授いただいた岡枝慎二先生です。私の字幕は岡枝先生の影響を多大に受けていると思います。今、私は教える立場にいますが、「字面に配慮せよ」とか「同じ語尾を続けるな」とうるさく言うのは先生の教えを受け継いでいるからです。
質問14 尊敬する翻訳者とか制作会社のスタッフはいますか?どんな方とお仕事をしたときが印象に残っていますか?
もともと翻訳者は横のつながりが薄く、最近は制作会社に出向くことも少なくなっています。たまに映画祭の仕事をしますが、そのときは事務局の人や映画関係者と会うこともあり、刺激を受けることも多いです。昔は字幕をフィルムの1コマ1コマに手作業で打ち込んでいたのですが、そういう裏方の人たちの苦労もあって私たちは映画を楽しめたわけです。今はすべてコンピュータ化されていますがね。
質問15 逆に、思い出すと顔が青ざめる失敗なんてあります?誤訳とか?
駆け出しのころは自分の実力が分かっていないので、自信満々で誤訳していたこともあったと思います。ディレクターに誤訳を指摘されて何日も眠れなくなったこともあります。それでだんだん自分の読解力を疑うようになり、慎重になりました。誤訳をしない翻訳家はいない、というのが私の持論ですが、限りなくゼロに近づける努力は大事です。
質問16 スランプに陥ったことがありますか?その脱出方法は?
フリーにとって一番怖いのは仕事がないことで、そのときがスランプかもしれません。この先どうなるのだろうと不安になります。1カ月休みがないより1カ月仕事がないほうがはるかに辛いです。仕事をしている限り精神的には安定しています。
質問17 最後に、映像翻訳の魅力って何ですか?思う存分語ってください。
字幕の面白さは、限られた字数に内容をコンパクトに収めるところにあります。調子のいいときは字数を数えなくても自然にピッタリの訳が浮かびます。やはり画面とセリフと字幕が一体化したときが一番の快感ですね。パズルを解いたときの気分です。1秒程度のセリフは4文字くらいで訳さねばならないのでキツいのですが、実はそこに楽しみがあります。日本語というのはわずか1文字の違いでもいろんなバリエーションを生み出せるのです。


