現役字幕翻訳者 田中武人氏のコラム 第九回
[2009-04-07]
第9回 「オバマ・ウィーク」
オバマ米大統領関連の字幕翻訳を行いました。尺は何と200分。しかも納期は1週間しかないと平然とおっしゃる。とうてい一人では無理な分量です。私は某翻訳学校で教えているので、ゼミクラスの生徒などに声をかけ、人海戦術でこの難物にチャレンジすることになりました。
木曜日。素材のDVDが宅配便で到着しました。スクリプトはすでにメール添付で届いています。何はともあれ、ハコ書きをせねばなりません。とにかく切って切って切りまくる。さながら『用心棒』の三船敏郎です。この日はハコ書きだけで終わってしまいました。
金曜日。ハコを切ったスクリプトに通し番号を振ります。8つのパートに分かれていますが、すべて合わせると字幕の枚数にして約2000枚になりました。これを翻訳者の希望や都合に合わせて割り振り、各自にメールで送ります。同時に制作会社に連絡して、各翻訳者に担当箇所のDVDを送ってもらいます。また、ハコ書きして番号を振ったスクリプトは順次会社に送ってスポッティングを取ってもらいます。さすがに今回は自分でSSTで取っている余裕はないので頼み込みました。スクリプトはプリントアウトせずデータ上でハコを切ると、コピーしたり郵送したりする手間が省けて大変ラクです。次に資料調べ。オバマ大統領の演説はかなりネットでも読むことができ、翻訳があるものも少なくありません。探したところ、8つのうち7つの翻訳が見つかりました。しかしその出来は玉石混交。見事な翻訳もあれば、これはちょっと…というものもあります。また、たとえ素晴らしい翻訳だとしても、著作権があるのでそのまま使うわけにはいきません。まして字幕となると、字数制限があるので、かなり短くしなければ読めなくなります。そんなこんなで2日目終了。
土曜日・日曜日。翻訳の手配は済んだので、皆さんにお任せ。会社勤めの人もいるので、ちょうど土日に重なってラッキーでした。さて、みんなの翻訳が上がるまで寝て待とう…とはいきません。もちろん自分のパートを翻訳しなければならないからです。
月曜日。土日で終わるはずだった自分のパートがまだ終わりません。他の翻訳者からはどんどん訳文が上がってきます。やっと夕方に仕上げて、他人の翻訳のチェックにかかります。
火曜日・水曜日。朝から晩までチェック。原文と翻訳を照らし合わせ、誤訳はないか、分かりにくい表現はないか、固有名詞の表記は合っているか、などをひたすら調べます。数人で手分けしてやっているので、用語の統一も気をつけなければなりません。チェックし終わったものは次々に制作会社に送ります。そして締め切り時刻である水曜の深夜12時少し前、ついに最後の1本を送信し、私はバンザイを叫んだのでした。
初めはミッション・インポッシブルかと思えた仕事でしたが、みんなの協力のおかげで何とか間に合いました。そうだ。人間、力を合わせれば何でもできるのだ。
Yes, we can!