現役字幕翻訳者 田中武人氏のコラム 第八回
[2009-03-12]
第8回 「仕事は最高の勉強」
最近、第二次世界大戦を描いた劇映画の字幕を2本担当しました。1本目は日本ではあまり知られていませんが、英米では有名なドイツ空軍のフォン・ヴェラ大尉を主人公にした作品です。ヴェラ大尉の戦闘機は英国上空での空中戦、いわゆる「バトル・オブ・ブリテン」で被弾して英国のケント州に不時着します。彼は捕虜になりますが、「脱走は将校の義務」と言い放ち、何度も逃亡を試みます。1度目は散歩の途中で逃げますが、風雨で疲れ果てたところを捕らえられます。2度目は収容所の部屋の床からフェンスの外まで地下トンネルを掘り、仲間たちと一緒に逃走します。まるでジョン・スタージェス監督の傑作『大脱走』を思い出しますね。さて、まんまとオランダ兵士に成りすまして飛行場へ行き、英国の戦闘機ハリケーンに乗って逃げようとしますが、すんでのところで捕まって収容所に逆戻りとなります。3度目は舞台をカナダに移します。ヴェラ大尉らは英国からカナダの収容所に送られます。彼は移送される列車の窓から雪の大地に飛び降りて、見事脱走に成功します。その後、川を渡って米国領内に入り、保護されることになります。第二次大戦中にドイツ兵が米国に逃げるというのは奇異な感じがするでしょう。しかし、1941年12月に日本軍が真珠湾を攻撃するまで、米国は中立国でした。ですから1940年の当時は、こういうこともありえたし、実際にあった出来事なのです。ちなみに、日米開戦を描いた映画は『パールハーバー』や『トラ・トラ・トラ!』などたくさんありますが、何といってもスピルバーグ監督の『1941』がお勧めです。さて、見事に逃亡を果たしたヴェラ大尉は南米経由で祖国ドイツに帰ったという話です。メデタシ、メデタシ。ところで、これは英国の映画です。戦後とはいえ、敵国の兵士をヒーローにするとは、英国人もなかなか懐が深いですね。
もう1本は、これも実話に基づいていますが、両脚を失いながらも英雄となった英国人パイロット、ダグラス・バーダーの物語です。彼は高等飛行で墜落して両脚を切断しなければなりませんでした。しかし持ち前の楽天性と飛行機への愛で、見事パイロットとして復帰し、「撃墜王」とまで言われるようになります。初めは義足に慣れず、うまく歩くことすらできないのですが、根性(!)でリハビリに励み、ついには軍隊に復帰するまでになるのです。映画はかなり脚色されているとはいえ、実在した人物をモデルにしているという点には驚かされます。人生は前向きでなければいけません。両脚を失っても戦闘機を駆る彼に比べれば、肩こりや腰痛くらいで弱音を吐くわけにはいきません。あ、今のは私の自戒です。
どちらも50年ぐらい前の古い映画ですが、今見ても決して古臭いという印象は受けず、むしろ味のある佳作と言えます。このように映画からはいろいろ学べますし、翻訳という仕事はお金をいただいて勉強できる素晴らしい稼業だと改めて思いました。