現役字幕翻訳者 田中武人氏のコラム 第七回

[2009-02-05]

 第7回 「ニューヨークが好き」

 何を隠そう、私はニューヨークが好きです。もともと旅行好きで、学生時代に日本の全都道府県を回り、社会人になってからは外国に目を向けました。特にアメリカが好きになったのは、子供のころに父親が在日米軍(当時は「進駐軍」と呼んでいた)の基地に勤めていて、当時はまだ珍しかったリグレーのチューイングガムやm&mのチョコレートを持って帰ったり、たまにオープンゲートのとき遊びに行って、止まっている飛行機や戦車に乗ったりした経験からだと思います。また私が子供のころはゴールデンタイムのテレビ番組はアメリカ製のドラマが席巻していました。『逃亡者』『宇宙家族ロビンソン』『コンバット』など、枚挙に暇がありません。
 さて、25歳のときに初めて海外旅行をするのですが、それは西海岸のサンフランシスコから東海岸のニューヨークまでグレイハウンドバスで横断するという大胆なものでした。1960~70年に流行したアメリカン・ニュー・シネマの中に『真夜中のカーボーイ』という作品があります。アンジェリーナ・ジョリーの父親であるジョン・ヴォイトが演じる主人公ジョー・バックはテキサスでの田舎暮らしに嫌気がさし、バスでニューヨークに向かいます。この映画に感銘を受けた私は、ジョーを真似してバスでニューヨークへ行くことに決めたのです。
 西海岸から1週間かけて横断したアメリカ大陸の印象は、とにかく「だだっ広い」の一言でした。トウモロコシ畑ばかりの景色に飽きて1時間ぐらい居眠りしても、目を覚ますとまだ同じようなトウモロコシ畑の中を走っているのです。そして遂にニューヨーク到着の瞬間が来ました。ニュージャージーの森を抜けていきなり視界が広がり、まだ明け切らぬ暗闇の中に摩天楼の輝きを見たときの感動は一生忘れないでしょう。
 このときを含め、都合3度ニューヨークを訪れました。ニューヨークはいくら歩いても退屈しない町で、実に多彩な人間が生活し、いろんな種類の店があります。また様々な映画のロケ地にもなっています。セントラル・パークなら『マラソンマン』、タイムズ・スクエアなら『ニューヨーク・ニューヨーク』、バッテリー・パークなら『アフター・アワーズ』、エンパイア・ステート・ビルなら『めぐり逢えたら』…。いろいろな映画のシーンが思い浮かびます。私が特に好きなのはエンパイア・ステート・ビルからの眺めです。マンハッタンのど真ん中に位置するこのビルに昇ると、周囲360度、遥か彼方まで見渡せます。また、昼、夕方、夜で景色が異なるのも魅力です。「ミスター・ニューヨーク」とも呼ばれる映画作家ウディ・アレンは「ニューヨークは白黒が似合う」と言い、名作『マンハッタン』をモノクロで撮りました。確かに原色よりセピア色が似合う町です。
 好き嫌いは分かれるでしょうが、好きな人にとってニューヨークは何度行っても、どれだけ長くいても飽きることのない町です。まだ行っていない人はぜひ一度訪れてください。私もまた行きたくなりました。