現役字幕翻訳者 田中武人氏のコラム 第五回
[2008-12-02]
第5回 「『動物農場』について」
ジョージ・オーウェルという英国の作家をご存じでしょうか。映画化もされた『1984年』というディストピア小説が有名ですが、その数年前に『動物農場(Animal Farm)』という風刺小説を書いています。これは豚を主人公にして当時のソ連共産党を皮肉ったものと言われ、レーニン、スターリン、トロツキーなどに擬した豚たちが登場します。英国では50年も前にアニメ化されていましたが、このたびようやく日本で公開されることになりました。アニメの場合、普通は吹き替えですが、この作品は大人向けの風刺ということもあって珍しく字幕で公開されることになり、私が翻訳を担当しました。この中から、いくつかセリフを拾ってみましょう。
長老の豚メージャーが、農場の動物たちに向かって語りかけます。
All animals are equal!
「すべての動物は平等である!」
メージャーは、独裁的な農場主に対する反逆を呼びかけて寿命が尽きます。動物たちはそれに応えて蜂起し、農場主を追い出して自分たちで農場を経営し始めます。納屋の外壁にはいくつかの標語が書かれますが、その中の1つ。
Four legs good, two legs bad.
「4本脚は良い 2本脚は悪い」
アヒルたちはこの標語にクレームをつけますが、頭のいい豚はこう説明します。
Wings count as legs.
「翼は脚と数える」
納屋の標語には次のようなものもあります。
No animal shall kill another animal.
「動物は他の動物を
殺してはならない」
ナポレオンという名の豚は権力闘争の挙句、ライバルを死に追いやります。ところが翌日、標語には次のような付け足しがされています。
No animal shall kill another animal without cause.
「動物は他の動物を
理由なく殺してはならない」
とうとう豚たちは人間と交易を行い、仲良く酒を飲む間柄にまで堕してしまいます。All animals are equal.という標語には、次のような付け足しが書き加えられます。
All animals are equal but some animals are more equal than others.
「すべての動物は平等である
だが一部はもっと平等だ」
原文のmore equalという表現は詭弁で不自然なものなので、訳でもその不自然さを残してあります。
人間という独裁者を追い出したのに、今度は豚という独裁者が現れる。まさに「権力は腐敗する。絶対的権力は絶対的に腐敗する」という警句を想起させられます。小説『動物農場』はスターリニズムの批判にとどまらず、古今東西すべての権力者を皮肉った寓話と言えるでしょう。