現役翻訳者のインタビュー:亀山由香里さん
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File no.012:亀山由香里さん 映像翻訳歴 : 2年半 |
質問1 子供の頃から言葉には言葉には興味があったのですか?
兄か弟がいるでしょうとよく言われましたが、1人娘です。つまりオテンバ。東京で原っぱを駆け回り、カマキリやザリガニを手づかみした最後の世代でしょう。反面、近所のお宅に遊びにいくと兄妹がワーワー騒いでる横で微動だにせず、その家の本を片端から読みふけっていたそうです。小学校で物書きになりたいと思ったけれど、中高の同級生に論説委員張りの文章を書く人が何人もいて、自分には才能がないとあきらめました。翻訳という仕事を意識したのは社会人になってからです。映像翻訳という仕事もまったく知りませんでした。
質問2 最初に、映像翻訳者になる前はどんな仕事をしていたのですか?
OL留学後、数回転職。すべて欧米金融系で、代表秘書、総務、経理、通訳翻訳など裏方の事務屋です。いわゆるホールセールの小規模な東京オフィスばかりで、専門職は全員欧米人か、市場で外人扱いされる日本人のプロでした。そのお姉さんかお母さんみたいな役とも言えます。外人付きのときは会社業務に加え、住居や家具の手配、役所の手続き、習い事や休暇旅行の手配もするコンシェルジェもどきでした。
質問3 映像翻訳者になろうとしたきっかけは?
最後に勤めた会社が日本撤退と決まって、会社勤めを卒業しました。似たような職場は激減していたし、家族の健康問題や高齢化で、自宅を長時間空けるのも気になり始めていました。自宅でできる仕事なら翻訳だろうと調べて、映像翻訳の通信講座を見つけました。約1年勉強してトライアルに受かり、間もなく自分の病気が見つかったのも再就職しない言い訳になりました(笑)。サラリーマンだったら同僚に迷惑+自分も気苦労と思うと、悪運が強いです。通勤しないから体は楽で、回復も大変早かったです。
質問4 仕事で身につけたことは、現在の映像翻訳に役立ってますか?
これまでの人生で役に立たなかったことが希少なのですけれど(笑)、はい、大いに役立っています。ネイティブ上司たちには英語の基礎から鍛え直していただいたし、プロ中のプロの仕事ぶりや人間性にも学ぶことは多かったです。職業を間違えたんじゃ?というほど笑わせてくれる人たちに英語ジョークのツボも教わりました。国内外の企業や業界の裏も幅広く垣間見たし、上司や海外本社の妙な質問に答えるべく、あちこち駆け回って調べものしたことも、今の調査に役立っています。大蔵省(当時)や通産省にお使いに行って、迷ったフリしてあちこちのぞいてきたことも、ある種のカンを養う役に立ったと思ってます。
英語を仕事とする上で大きな財産は、非正統派の英語をたくさん耳にしたことでしょう。英国の方言なら、グラスゴー近辺以外はなんとか分かります。ヨーロッパ各地と訛りのきついインド系や南米系の英語、シンガポール英語、アフリカ・中東英語も数は少ないけど生で聞きました。ただし教育水準が一定以上の人だけ。ネイティブ・ジモティ英語のほうが難しいです。特に汚いストリート米語は耳が拒否する傾向がありました。この仕事3年目にしてやっと、映像音声はナイフや拳骨を伴わないと体が納得しました。一度聞こえれば、そこは年の功で、相応にガラの悪い日本語のストックもあります。放送禁止にならない程度にはやれます。
質問5 映像翻訳者になるためにどんなふうに勉強したんですか?
養成講座を経てトライアルに受かった直後から、翻訳会社に無理に頼み込んで短編のスポッティングをやらせていただき、あとはひたすらOJTです。しばらく翻訳会社に通ってプロの原稿チェックから、研修させていただいたようなもの。最初は誤字脱字の点検ぐらいしかできませんでしたが、マイナーな方言が分かったとか、訳しにくいジョークの手直しが通ったとか、そういうことから少しずつ(これもやらせてみようか)になったと思います。1つできれば次が来る、その繰り返しです。また、勉強の気分ではないけれど、なるべくたくさん映画も見ました。固定料金の宅配DVDは元・取りまくりでした。
質問6 翻訳で一本立ちできるようになるまでどのくらいの時間がかかりましたか?
今の私は一本立ちなんでしょうか?まだまだ修行途上だと思います。お勤め時代の収入がよかったから、お金のことはもう2-3年は比べないつもりです。出費が桁違いに少なくて、徐々に売上も上がってるから、そのうちなんとかなるでしょう。老後設計は、頑張れインド。あのファンドに全財産つぎ込めば既に左団扇だったのに・・・ 根が堅実なもので、コツコツやるしかありません。3年目に入り、税金と社会保険と民間保険、車の維持費、お小遣いに日用品ぐらいは、去年の黒字で間に合いそうです。個人事業主で費用計上できる出費も多く、青色申告のお得感はあります。
質問7 初めて受けた仕事について教えてください?
初めて1本丸ごと自分で切って訳して納品したのは、往年のロック・バンドの評伝ドキュメントです。内容的にコメディで楽しく作業できましたが、最後のほうで映像が切れているのを発見!完全な映像が届くまでに時間がかかり、でも締め切りは伸びません!翻訳会社にお邪魔して、チェックする人が待機してる状態でヒィヒィ言いながら仕上げました。なんとか間に合って果ててたら、チェッカーが面白いと笑ってるのが聞こえて、ヤレヤレ。名前は出ませんが、発売されたDVDはオールド・ファンの一般レビューで、昔の演奏シーンが少ないのは残念だが内容は面白いとほめてもらえました。それ、あたし!あたしがやったの!と書き込みたかったです。
質問8 フリーランスで仕事をすることでの不安は?
不規則なのは確かです。しばらく仕事がないと(何かヘマして干されたかしら)という気もしてきます。でも転職5回、うち3回は会社消滅なんて経験をすると神経がタフになります。会社なんぞ、いつまであるか分かりません。ここがダメ、と言われて直らないとヤバイかもしれないけど。謙虚に改善していけば、大丈夫でしょう。季節的な要因もあるようだし、中年で始めたから少しは蓄えもあります。できるときにガーッとやって、仕事がないときは遊びにいけばいいやと思ってます。それも肥やしになるはずです。
質問9 ひと作品の料金や、1本の仕事にかける時間はどのくらい?
ケース・バイ・ケースですが、新人だから1時間もので4-5万、2時間もので8-9万見当でしょうか。映像時間と作業時間は必ずしも比例しないので、長尺のほうが割がいいとは言えます。あくまでも目安ですが1時間もので3日半、2時間ものなら5日頂ければ、なんとか。もちろん1~2日の余裕があれば、より納得いくものが出せます。
質問10 現在、どんな仕事をしていますか?
DVD特典映像、音声解説、刑事ドラマ、企業研修用ビデオ、ロックバンド特集用インタビュー、企業のプロモ、昔の戦時宣伝映画・・・ 来るもの拒まずというか、やらせていただけるなら何でも。非・英語のリライトもたまにお声がかかります。
質問11 翻訳環境を教えてください。 どんなPCを使いどんな字幕ソフトを使用し、辞書はどんなものを使っていますか?
5年落ちの東芝ダイナブック、HDD40GB/メモリー256MBを酷使してます。ソフトは旧SST。
どちらも近いうちにモデルチェンジしないといけない予感が・・・
英和はだいたい英辞郎で間に合いますが、OxfordとLongmanの英英に新明解国語辞典も待機してます。電話帳より重い小学館ランダムハウス英和辞典は頼もしいです。新スラングはネット辞書も参照します。
質問12 仕事の時間を確保するために何か工夫をしていますか?
仕事が来たら早寝早起き! 納期が厳しいときも、徹夜より仮眠してから未明に起きるほうが楽です。
質問13 スキルを磨くために、日々気を付けていることは何ですか?
あまり意識していないのですが、半分楽しみで、何かしら文章を書くようにはしています。以前は3行4行続くような文を書いていたのが、少しは区切る癖がついたようです。
質問14 思い出に残る作品、または達成感を感じた作品は?
達成感といえば、スポッティングの取り直しで、早口でしゃべりっぱなしのシェイクスピア劇、全編4時間をやったことです。スクリプト600ページ!終わったときは「ニーベルンゲンの指輪」3部作を1日で見たような気分でした。ヨレヨレですが、自信つきました。
質問15 逆に、思い出すと顔が青ざめる失敗なんてあります?誤訳とか?
いやなことはサッサと忘れる性分なもので・・・脳裏に刻まれた「真っ青」は納品前日にPCが壊れて、全データが飛んだ事件です。以来、バックアップはフラッシュメモリーでこまめに取っています。
質問16 スランプに陥ったことがありますか? その脱出方法は?
どうにも気が乗らない。集中できないというときはあります。たいてい体調が崩れかけてるときなので、あきらめよく作業中止。お茶でも入れて、絶対笑える本を読んで、それでもダメなら早く寝ます。翌朝早く起きれば、その分ぐらいは取り戻せます。
質問17 趣味が多彩だと聞いています。漫画・小説・最近のごひいき作家は?
どうも世間で言うオタクに引っかかるらしい。マンガの棚では萩尾望都、佐藤史生、佐々木淳子と川原泉が目立ちます。ただいま「のだめ」と「百鬼夜行抄」「バルバラ異界」「プルートゥ」が友人宅回覧中。テッド・チャン「Stories of Your Life」、飛浩隆の「象られた力」、ディケンズ張りの「ジョン・ランプリエールの辞書」も貸し出し中。ハードカバーはほとんどが昔の優良児童書で、文庫・新書・ペーパーバックに隠れています。手前はダン・シモンズ、コードウェイナー・スミス、ティプトリーにギブスンなど。ビジョルドとマキリップは翻訳が待てなくてペーパーバッグが大半。奥にマキャフリィ、光瀬龍、バロウズなど。イチ押しの探偵はピーター卿、15世紀の尼僧Dame Frevisseや、ボストンのビターソーン夫妻も切れ者です。病気がちの若旦那が活躍?する「しゃばけ」シリーズや宮部みゆきの捕り物も好き。「日露戦争に投資した男」は仕事の役に立ちました。訳文が非常に読みやすい「イングランド紀行」「スコットランド紀行」は格差や政治の貧困が痛い1930年。友人から借りた「旧制中学入試問題集」は明治の家事常識を問う女学校が難関でした。
質問18 今後は、どんな作品を翻訳したいですか?
何か笑いが入っているもの。コメディに限りません。深刻なドキュメンタリーでも、企業の宣伝でも、どこかクスッと笑える点があればいいのです。音声と同時に字幕で笑わせられたら最高ですね。名前が出ることにはこだわりません。「あそこ違ってたよ」と言いそうな知人が何人もいるので、出ない方が気楽かもしれない。ペンネームも使えるとお聞きして、ちょっとホッとしました。
質問19 亀山さんから見て、字幕の世界はここが変だと思うことってありますか?
死語と差別語の問題で、ときどき不満があります。ホントは古風な言葉がピッタリなのにとか、差別語を消せばいいってもんじゃなかろうとか、日本語が不自由だと感じます。ハンセン氏病を“皮膚病”とした共同訳聖書にアトピーの子を持つ親が怒る世の中は難しいですね。吹替えじゃないから控えて、と言われる表記も、もう少し踏み込みたいときがあります。英語を聞くと(ううーん)なのに、字幕上はやけにスマートに話してる某大統領とかスポーツ選手とか。もうちょびっと、ランク下げませんか?
質問20 最後に、亀山さんにとって、映像翻訳の魅力って何ですか?思う存分語ってください。
社内翻訳は読んでくれる人が少なくて虚しいこともありました。欧米の金融人には、ゆかいな文章が書ける人が少なくないのに、日本の同業者が書くものはたいてい真面目で形式的だから、戸惑われることも多くて。その点、喜んで見てくれる人が多い映像翻訳は楽しいです。基本的に一般人向けに作られているから、どうにも歯が立たないほど難しい、ということも少ないし。AmazingもInterestingもFunnyでも、とにかく面白くすることに力を入れてるから、仕事中に楽しめます。特にジョークを訳せてウケるとガッツポーズが出ます。確かに難しいのですが、笑えるという感覚は、少なくとも先進国ではもう同じでしょう。ダジャレ、ブラック、ナンセンス、セックス・ジョークも、日本でも似たような用例が必ずあると思います。字数制限には泣かされることも多いけど、パズル的な楽しさもあります。スポッティングのOUT点がカット代わりと1発でピタリと合ったときも、快感です。監督や編集とセンスが同じってことでしょう?ノリますよ。
翻訳のスピードにかけては、この人の右に出るものはいないと断言できるほど、仕事が速い人です。
これからも面白い作品をどんどん翻訳して私たちをうーんと楽しませてください。


