現役翻訳者のインタビュー:木村あおいさん
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File no.009:木村あおいさん 映像翻訳歴 : 7年 高校3年から5年間アメリカに留学し、帰国後、航空会社で10年間勤務。人生の再出発を考えている頃に、知人を介して翻訳会社社長と出会う幸運に恵まれ、放送翻訳の仕事を始める。現在はフリーランスとして、翻訳学校の講師、放送翻訳、実務翻訳などに従事。 |
質問1 最初に放送翻訳について教えてください。放送翻訳って、どんな仕事なんですか?通訳と似ているのでしょうか?
通訳と翻訳を足して2で割ったような感じです。素材は、インタビュー、通信社が配信するニュース、海外テレビ番組など多岐にわたり、自分で電話インタビューしたものを翻訳することもあります。基本的にはスクリプト無しの素材を聞き、一語一句正確に日本語に文字化していくという作業です。あくまでも、ディレクターさんが、その後編集して番組を作るためのたたき台となる素訳ですから、完全な作品になっている字幕や吹き替え翻訳とはかなり違うのではないかと思います。文字数制限はありませんし、私たちが訳出している時点では、テロップになるのか、ボイスオーバーになるのか、それとも原稿作成上の資料になるかなど全く分からない状況です。また、特にニュースなどは時間との戦いですから、現場にスタンバイしてその場で訳すこともあります。たとえ自宅作業であっても、例えば深夜に電話が入り、素材到着、翌朝10時までに納品といったように、一般的な翻訳と比べるとかなり急な仕事になります。このような意味でも限りなく通訳に近い翻訳作業と言えるのではないかと思います。
質問2 直接、現場へ出かけて、その場で翻訳をするなんて、スリリングな仕事ですね。あらゆる分野の情報に長けていないと務まらない印象を受けますが、どんなふうに勉強したんですか?
英語を特に積極的に勉強していたというわけではありませんでした。日本の学校があわなかったので、何も考えずにアメリカに留学し、最初の1年間は高校生ということもあってホームステイをしていました。お母さんや妹たちと毎日のようにテレビを見ながら話しているうちに自然にリスニング力がついていました。
翻訳も正式に学校で勉強したことはありません。気が付いたら現場に行って翻訳していたという感じでした。今考えると恐ろしい話なのですが…。とにかく最初の頃は情報収集に必死でした。テレビでニュースを見たり、新聞や本を読んだりは昔から好きでやっていたのですが、翻訳者になってからの違いは、集めたデータを自分のコンピュータに蓄積していったということでしょうか。特に現場作業のときは、インターネットで調べている時間もないほど急いでいることが多く、自分の頭で記憶するなどできないほどの情報量ですから、コンピュータに覚えておいてもらいました。また、テレビを見るときはサウンドバイトに注目して、字幕になっていれば表記、ボイスオーバーになっていれば表現を書きとめたりしていました。
質問3 生活の中で生きた英語を身につけられたのですね。木村さんは、英会話講師や留学、航空会社勤務など多彩なキャリアの持ち主ですが、一番役に立ったのは航空会社勤務時代だと聞いています。具体的にどこが役立ったのか、教えてください?
フリーランスに転向した直後は、航空機にかかわるニュースが多かったので、その頃に学んだ知識が大いに役に立ちました。また、航空会社で働いているとテロ情報、出入国関連、税関関連など、単に航空機に関することだけでなく幅広い分野の情報が入ってきました。あの頃は、何とも思わなかったのですが、翻訳という仕事にかかわるようになって、その大切さに初めて気付きました。放送翻訳は、いつ、どのようなトピックが飛び込んでくるか分からない仕事なので、無駄な知識などありません。とにかく、いろいろな経験をして、どのような事にでも興味を持って、知識の引き出しを増やしていくように心がけています。
質問4 日々、無駄なものはひとつもないということでしょうか。仕事をする上で、大切にしていることがありますか?
フリーランスに転向したばかりの頃、かけだしの自分に何ができるのだろうと不安に思っていました。翻訳技術はどんなに頑張っても一晩で磨かれるようなものではありません。ですから、今の自分に何ができるのか?と考えました。その答えが、正確さと時間厳守でした。当たり前のことですよね。当たり前のことなのですが、これだけは何があっても自分の売りにしようと思いました。特に納期に関しては現場で時間に押されている局の方々を直接見てきましたので、1分1秒でも早く原稿が手元に届くようにと思い、できるだけ前倒すようにしてきました。質問5 こうした木村さんの姿勢が、クライアントとの信頼関係をより強いものにしているのですね。実務翻訳も平行しておられますが、主にどんな分野のお仕事を専門としているのですか?
実務翻訳の方は、主に政府省庁関連の資料、シンクタンク等の報告書、契約書、精密機器関連の仕様書などの日英・英日翻訳をご依頼いいただいています。こちらの方も特に専門分野を限定していたわけではなく、翻訳会社のご担当者さまと話し合っていくうちに、このような分野のお仕事をいただくようになったという感じです。その代わりに参考になる書籍を次々と買い込んで読みあさったので、仕事部屋は本に埋もれています。放送翻訳でモットーとしていた前倒し納品がこちらでも好評で、おかげさまで特に急ぎの翻訳やボリュームのある翻訳をご指名で発注していただけるようになりました。
質問6 放送翻訳と実務翻訳を両方のバランスを取るコツが何かありますか?
放送翻訳関連のお仕事は1つ大きな事件が起きると複数の会社から重複して依頼が入ってきます。そうなるとお断りせざるを得なくなってしまいますし、それが続くとご依頼いただく担当者の方との信頼関係が損なわれてしまいます。実務翻訳は放送翻訳と比較すると納期が長いので、同時に依頼が入ったとしても何とか調整できることが多いので今のところうまくいっています。忙しくなることが分かっている時期は他の会社にその旨をお知らせするなど、できるだけうまく組み込むようにして、「お断り」する回数を減らすように努力しています。
質問7 誰にでもフリーランスで仕事をするうえであると思いますが、木村さんがおススメする不安解消法はありますか?
自宅で作業をしていると生活のメリハリがなくなってしまいますから、気持ちの切り替えが大切だと思います。ですから、スパッと3、4日間お休みをとって、読みたい本を手に1人で温泉旅行にでかけています。活字なら何でもいいというタイプなので、最近は次の仕事が分かっている時は仕事関連の本を持っていくことが多くなっていますが、個人的にはファンタジー系というのでしょうか、特にハリー・ポッターや指輪物語が大好きです。現実の世界を離れ、脳みそをやわらかくしてくれる作品だと思います。また、翻訳者さんは運動不足だとよく言われますよね。普通の人なら自分で運動するところなのでしょうが、私は生まれつきの運動嫌いなので、人が運動している姿を見て、その気になっています。特に大好きなのがバレーボールです。この夏はハリー・ポッターの最終巻が7月21日に発売(予約済みです)、8月に開催されるバレーボールのワールドグランプリ2007のチケットも1日分だけですが入手しました。今から楽しみにしています。
質問8 ハリー・ポッターや指輪物語がお好きなんですね。ここ数年で、映画にもなりましたが、そちらはご覧になられました?もしご覧になっておられてなら、感想をお聞かせください。
両方とも原書、翻訳書、映画を3点セットで網羅しました。あの魔法の世界をあんな風に視覚化できるなんて本当にすごいと思いました。ただ、特にハリー・ポッターに関しては、本を読んでいるだけに、省かれている部分が多すぎてちょっと残念でした。時間的な制限があるので仕方がないのでしょうが、両作品とも原書に忠実な映画を作っていただけたら、絶対に見に行きたいです。1本10時間位の映画になるのでしょうか…。
質問9 現在は、どんな仕事をしていますか?
現在は、映像翻訳が医学関係、実務翻訳が製造委託契約書と、2件かかえています。映像翻訳の素材到着を待っている間に契約書を訳し進め、映像翻訳の納品が終わったら、確認して納品する計画を立てているのですが、どうなることやら…。いつもこのような感じで、それなりに計画は立てるのですが、うまくいかない場合も多々あります。そのような時は泣く泣く、睡眠時間を削って時間を捻出しています。
質問10 翻訳環境を教えてください。 どんなPCを使用し、辞書はどんなものを使っていますか?
PCはデスクトップを2台にノートを1台持っています。デスクトップの1台がメインで、もう1台はバックアップをとったり、メインのPCが故障したときに使ったりしています。ノートは現場などに持っていくものです。 辞書はPCに載せてあるものと携帯用の電子辞書、紙の辞書を持っています。基本的なリーダーズ・リーダーズプラス英和、研究社和英、英辞郎、広辞苑、オックスフォード、アメリカンヘリテッジ、類語辞典などなどが入っています。その他、南山大学の医学用語辞典、トレンド、経済新語辞典、オールカラー6ヶ国語大図典、朝日新聞の用語の手引き、記者ハンドブック、心理学用語辞典、解剖学用語辞典その他専門分野もありますから、辞書オタクといっていいくらいですね。これに加えてPDICというソフトを使って自分でも用語を集めています。そして、なくてはならないインターネット。いまだにADSLなので光に変えなくてはと思っているところです。質問11 仕事の時間を確保するために何か工夫をしていますか?
昔は夜型で深夜に作業することが多かったのですが、最近は超朝型に変わりました。父の介護がきっかけだったのですが、午前3時頃に起きて夕方まで仕事、夜8時か9時には寝るようにしています。このパターンに変えてから体調が良いのと、締め切りが朝一ということが多いので、睡眠をとったフレッシュな頭で見直しをしてから納品することができるようになりました。
質問12 スキルを磨くために、日々気を付けていることは何ですか?
自分が翻訳させていただいた番組はできる限りビデオに撮って見るようにしています。表記や素材のどのあたりが実際の番組で使われたのかなど、独自に(勝手に?)研究しています。また、単にテレビを見たり、新聞や本を読んだりしているときも気になる点やいい表現があれば、必ず書きとめるようにしています。以前は英語の本ばかりを読み、英語の番組ばかりを見ていたのですが、最近は極力日本語の本を読み、日本語の番組を見てきれいな表現をさがすようにしています。
質問13 長いキャリアの中で、忘れられない人との出会いがありますか?
放送翻訳の仕事をする機会を私に与えてくださった社長との出会いが一番です。ほとんど面識もない上に、まったくの素人だった私を思い切って現場に送り込み、お仕事をさせてくださいました。ものすごい度胸の持ち主ですよね。「こんなことして大丈夫なのかな?」とまるで人ごとのように驚き、心配していた自分自身も忘れられません。
質問14 尊敬する翻訳者やスタッフはいますか?どんな方とお仕事をしたときが印象に残っていますか?
かけだしの頃に2人で一緒に現場作業をする機会があった先輩翻訳者さんが2人います。その内の1人はとにかく早いのです。まるで同時通訳さんのようなスピードでした。リテンション能力に長けているので、テープを巻きもどすことがほとんどなく、タイピングも早いので、隣でやっている私は本当にあせりました。でも、途中途中で言葉をかけてくださり、進み具合を確認してくださりとお気遣いいただきました。もう1人はとにかくフットワークの良い方でした。深夜でも休日でも声がかかれば直ぐ飛んでいくといった感じで活躍されていました。場数を踏んでいるのでディレクターさんとも顔見知りで、一緒にお仕事をするときにご紹介いただいたり、裏話を聞かせていただいたりと、本当にお世話になりました。お2人とも翻訳技術もさることながら、面倒見のよさなど、人間性がとても魅力的な方々です。
質問15 逆に、思い出すと顔が青ざめてしまう失敗なんてあります?誤訳とか?
インタビュー素材で、2年ぐらい経ってから誤訳に気付いたことがありました。しかも、翻訳講座の中で教材として使っている最中にです。愕然としてしまいました。納品当時、特にクレームはなかったようなので、大きな問題にはなっていないだろうと思う…というよりもそう願っているのですが、本当に穴があったら入りたい気分でした。
質問16 今後は、どんなお仕事をしていきたいですか?気になる分野などがありましたら教えてください。
以前から出版翻訳や字幕翻訳に興味を持っていました。特に書籍の方は自分が持っている本の中にもまだ日本語訳が出ていないものがたくさんあるので、いつか翻訳してみたいなと思っています。なかなか勉強する機会ができないのですが、いつか挑戦したいと思い続けているジャンルです。
質問17 これから放送翻訳者を目指す人に何かアドバイスをお願いします。
好きこそものの上手なれですから、テレビが大好きな人、リサーチが大好きな人はぜひ挑戦していただきたいお仕事です。読み書きに加えてスピーキング力、リスニング力が求められますから、先ずは外国語力をつけることだと思います。翻訳技術は学校でも独学でも習得できますから、高度な外国語力さえあれば、後はやる気次第だと思います。英語に限らず、各国語の需要も高い分野ですし、特に深夜に現場に急行する翻訳者さんは慢性的な人材不足が続いているようです。自分には無理だと思い込まずにチャレンジしていただきたいと思います。
質問18 最後に、木村さんにとって、放送翻訳・実務翻訳の魅力って何ですか?思う存分語ってください。
“バラエティに富んだ分野に関する最先端の情報をいち早く聞いたり読んだりすることができて、日本語に置き換えていく上でいろいろな知識を習得することができる。”これが最大の魅力です。最近では自動車レース、ビジュアル系バンド、プロレスなど、お仕事として依頼されなければ関心を持つことなどなかっただろうと思うような分野についての雑学的な知識がどんどん増えていきます。私はリサーチや情報収集がとにかく好きなので、毎回、次のトピックが来るのを楽しみに待っています。フリーランスですから決められた定年はありません。末永くお付き合いしていきたい仕事です。
“翻訳に定年なし”と、放送翻訳と実務翻訳をなんなくこなす木村さん。仕事に向かう姿勢はまさにプロフェッショナル。好奇心のアンテナを縦横無尽に張り巡らせながら、
翻訳業界のトップランナーとしてエネルギッシュにご活躍されておられるでしょう。


