現役翻訳者のインタビュー:荒木小織(サオリ)さん

File no.005:荒木小織(サオリ)さん

映像翻訳歴 :18年
吹き替え・字幕、どちらもOK、アメリカ在住で活躍するベテラン。

大学卒業後、大手制作会社に入社、2年後社員翻訳者となり、10年勤務後フリーランスに。吹き替えも字幕翻訳もこなすベテラン。アメリカ人のご主人と結婚し、フロリダに在住。その後もフロリダで、日本の制作会社との仕事を続けています。

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質問1 吹替えも字幕もこなす荒木小織さん。子供のころから映像翻訳者になろうと思っていたのですか?映像翻訳者になろうとしたきっかけをお話ください

「なれたらいいなあ」と思ったのは高校生ぐらいでしょうか。でも下地としては、子供の頃から海外ドラマや吹替えの映画を、テレビでいつも見ていた事があったと思います。というのも、うちの実家は映画館の1つもない超ド田舎(NGワード。ピー!《笑》)。映画は「テレビで見るもの」でした。母親が海外ドラマや映画が好きで、いつもそういうのを見ていたせいで私も好きになりました。
当時は週に3~4つほど「洋画劇場」系の番組がありましたし、海外ドラマも、ものすごくたくさんやっていました。番組名を言うと年がバレるので、あんまり言いたくないですが《笑》、「大草原の小さな家」を学校から走って帰って、毎週楽しみに見ていたのを覚えています。そんなこんなで、「日本語版制作 大手某社」というテロップを、毎日のように見ていて、「そんな会社があるんだなあ」と、漠然と思っていた気がします。大元の原因を言えば、映画好きだった母のお陰でしょうかね。


質問2 大手制作会社の社員として翻訳されていたと聞いていますが、現場では翻訳以外のお仕事もされたのですか?当時のことを教えてください

翻訳者にどうなるのか全く分からなかったですし、とりあえず「日本語版制作 大手某社」のテロップだけを頼りに《笑》、とにかく「翻訳」という仕事の近くへ行こうと某社さんに履歴書を出しました。何とか入社できたんですが、当時は社内翻訳者はいなかったんです。日本語版制作の部署はありましたが、私はそこには入れてもらえませんでした。最初、博覧会映像などを作っている部署に配属され、いきなり「アシスタント・プロデューサー」という肩書きを付けられました。…と言っても仕事は雑用です《笑》。映像制作の部署なので、当然撮影に行ったりするんですが、そんな知識の全くなかった私は右往左往。撮影中のカメラの前をウッカリ走ったりして(!)、周り中から怒鳴られ(当然だ)、陰で泣いたことも…。
その部署では私は全く役に立たなかったので《笑》、日頃から「本当は映画翻訳がやりたいんですぅ~」とブツブツ言っていたせいもあり、1年ほどで日本語版制作部署の事務職に異動になりました。一歩は近づきましたが事務職。社内に翻訳者はいないし、一体どうやってそっちの方向に行けばいいのか、かなり悩みましたが、その頃の上司の考えもあり、事務職をしながら日本語版制作の制作担当をやることになりました。シリーズ物を1本持たされ、それで制作の流れを学べました。
お陰で制作サイドの苦労はよく分かるので、今も制作の方達に迷惑をかけないよう、いつも注意しています。その事は、今にすごく役立ってますね。例えば、翻訳が締め切りに遅れたら、その後の作業全てに影響してきます。録音スタジオ、編集スタジオのスケジュールを取るのはとても大変なのに、翻訳アップが遅れたらその作業が予定通りできなくなり、制作の人がやっと押さえたスタジオが無駄になる可能性も。スタジオ・スケジュールは大抵びっしり埋まっているので、近い日時でスタジオを取り直すのは至難の業です。そういった事を自覚しておくのは、翻訳者にとって大切なことだと思います。
制作の仕事をしていた当時は、忙しい日々で毎日終電帰りでしたが、それを1年ほどやって「この先どうしよう?」と考えていた頃、本当に運よく会社が社内翻訳者を置く事になり、社内試験を受けて、無事翻訳の部署に入れました。それ以降は基本的に翻訳の仕事のみです。


質問3 会社員時代の現場の仕事で一番心に残っていることは?
コレだけはもうすまい とか、コレは私の自慢だわとか、何エピソードがあったら教えてください

…う~ん、あんまり自慢はないなあ《笑》。叱られた思い出ばっかりですかねぇ。一番最初にやらせていただいた長尺は、ベテラン翻訳家の方の下訳、という形だったんですが、その翻訳家さんに見事に真っ赤に赤を入れられましたねぇ(…遠い目)。「こんにちは」ぐらいしか残ってなかったかな《笑》。今思うと、下手な下訳ってジャマなだけだったはずなんですけど、面倒なのによくやらせて下さったなあ、と本当に有り難いです。とある局のプロデューサーさんについてドキュメンタリー・シリーズをやらせていただいた時も、目の前で全部赤を入れられました…。あっ、ある意味自慢は、2~3年ぐらい連続でクリスマスの日に、会社で徹夜して原稿を仕上げた事! 頑張ったね…、私《笑》。同じくクリスマスに徹夜中の社内の人達と廊下ですれ違う度、お互いひどいクマの顔で、生気なく「…チーッす…」と挨拶し合ってました《笑》。

質問4 そうした数年間を現場で修行してから、フリーランスになられたんですね。 フリーランスを選ばれた理由は?

在社10年になった辺りで、会社の方針で翻訳者でありつつも別のプロジェクトをこなさなければならなくなり、翻訳をやる時間が半分ぐらいになってしまった事ですね。やはり翻訳をメインにやりたかったので、フリーになる事を選びました。

質問5 現在、アメリカにお住まいですが、日本へいたころの仕事の仕方とは違う点がありますか?苦労するところ?いいところなど教えてください

一番違うのは、アフレコや試写に出られないことです。それがとっても残念なんですが。結婚して、夫の仕事や諸々の事情でアメリカに住んでいるのですが、そこは寂しい限りですね。現場へ行くと、原稿上で伝わらなかったニュアンスを伝えられたりしますし、現場直しも、私、ディレクター、プロデューサーの意見それぞれを聞いてできますので的確に直せるのですが、今はその辺が上手く行かなくて歯がゆい事も…。ま、直しの要らない原稿を書け!って事ですね!《笑》。
ニュアンスに関しては、吹替えでは原稿上にとっても詳しく、きっとうるさいぐらいに《笑》、注意書きを書くことにしています。字面だけではどちらにも取れる、って台詞もありますが、「これはこういう気持ちで」とかト書きに。あと、メール連絡は細かくしてます。字幕作品も試写をやる代わりにメールでフィードバックを送っていただいたり。年に2度ほどは帰国するので、その時にタイミングよく現場へ行けると嬉しいですね。やっぱり「みんなで作ってる!」というのが実感できますし。
いいところは、夫がアメリカ人なので、英語でどうしても分からないところがあれば聞ける事《笑》。あ、あと、アメリカ事情のパロディとかが作品中にあると、何のパロディなのか調べなくても大体はわかるので助かります。あと、英語理解能力も多少は向上したかな《笑》。

質問6 そうした、背景をクリアしながらアメリカと日本を行き来しながら仕事を続けるコツはなんでしょう?また地道で苦労が多いことも含めて、荒木さんをこの仕事に駆り立てているものは何ですか?

コツはないです。「とにかくやる事」です!やりたかったらやるしかないっ!って感じでしょうか。あ、ひとつ言えば、メール連絡はマメにするって事。「遠くにいる」という不安感を制作の方に感じさせないためにも。
「この仕事に駆り立てているもの」…、やっぱり好きだからですかねぇ。翻訳を始めてから日本で12~3年、本当にクリスマスも年末年始もなく頑張って掴んできた仕事でもありますし(というか、好きだから結果として自然と頑張れたんですが、アメリカに行って仕事がしにくくなるからって、簡単に手放せるものではありませんでした。

質問7 では次に翻訳を生業とする業界についてお尋ねします。荒木さんは手書き原稿からワープロ、そしてPCと、すべて経験されていらっしゃる。その経緯から考えると、ここ数年の業界の変化にも敏感にならざるを得ないと思います。やはり数年前と比べると翻訳者を取り巻く環境は変化していますか?

…くー《泣》、「手書き原稿からワープロ、そしてPC」って、若い翻訳者さんには化石みたいに聞こえちゃうんだろうなぁ《涙》。…いや、しょうがない、真実だ。確かにすべて経験してしまってます《笑》。…環境は変わってきてますね。

技術的なこと以外にも、翻訳者さんの絶対数がものすごく増えていますし、お仕事もCS放送などが多くなっていますし。そして翻訳に求められるものも、以前よりずっと厳しくなっています。「原文に忠実に!」は私のキャリアの半ば頃から始まったことですが、昔のような「翻案」の余地はなくなり、DVDになってその傾向はさらに強まり。でもよりよい作品を作っていくためには、いい傾向だと思います。技術的にも、字幕ではSSTとか登場しましたし、吹替えでもスタジオのシステムも大きく変わってきてます。そういう変化に、いつも対応・適応できるようにしてないといけないなあ、と実感します。

質問8 吹替えスタジオのシステムが変わっているということですが、 具体的にどんなふうに変わったか聞かせてくれませんか?

大昔は、録音テープ、2インチマスターテープなどを使っていましたが、今はほとんど電子的な処理になっていて、例えばセリフ中の1つの単語に関して、役者さんのアクセントがヘンだったとか、ノイズが入ったというような場合、別テイクの同じ単語を持ってきて入れ替えたり。もしくはアクセント自体を、機械的に音の高低を変えたりして微妙に分からなくしたり。セリフ全体の尺が微妙に長かったら、再生速度を少しだけ速くして、収まるように加工したり。「そんな事できるんだ!」と本当にビックリします。ただしそういった作業にはかなり時間がかかり、ミキサーさんは大変。最初からきちんと録っておくに越したことはありません。あと最近は、登場人物1人ずつを別々にアフレコする、というような場合もあるので、尺やセリフの噛み合わせにも細心の注意を払わないといけません。

質問9そうした変化に強くなることが長くこの仕事を続けるコツなのですね。現在はどんな仕事をしていますか?

現在は、30分もののシリーズ作品が多くなっていますね。制作さんサイドとしても、シリーズならアメリカへ素材を1回ドン!と送っちゃえば後は面倒が少ないですし《笑》。長尺が合間にちょこちょこ。あとごく最近ですが、ドキュメンタリーものなども多数あり、劇場用のドキュメンタリーもやらせていただきました。

質問10 吹替えと字幕両方されていますが、やはり両方こなせることは翻訳者として メリットでしょうか?

…どうでしょう、一応メリットなんだと思います。両方、といっても私の場合、比率的には吹替えが多いのですが、吹替えでありつつ部分的に字幕も高い比率で混ざっている、というような作品でも「両方できますよね?」といただく場合もありますし。字幕だけで極めている方は、それはそれで「すごいなあ」と思います。ただ、吹替えをメインでやっている方達は、字幕も出来た方がいいと思います。やっぱり部分的に必要な事も多いですから。

質問11 吹替えと字幕の違いを簡単に教えて下さい。それぞれ適正があるのでしょうか?

吹替えは話し言葉ですから、自然な日本語にするためには「ムダ」な台詞・言葉が時に必要で、字幕はそれをそぎ落とさなきゃならない、ってところでしょうか。あと作業的には、吹替えは字幕よりかなり手間がかかります、つらいです《笑》。ト書きを書いたり、色んな記号を入れたり、ほとんど聞こえないようなバックグラウンドのテレビの音声などを延々創作しなきゃいけなかったり…。(やった事ある人は分かりますよね!あの、テレビ音声が登場したときの気持ち!《笑》)物理的な作業としては字幕はちょっと楽です。
「字幕・吹替えの適性はありますか」…よく聞かれることですが…。「やりたい」と思った時点で、まず適性はあるんじゃないでしょうか。あとは本気で学ぶ・吸収する気があるかどうか、そこまで好きかどうか、だと思います。もちろんやり方・ポイントは字幕と吹替えで違いますけど、その違うやり方を学ぶ気があるかどうか、ではないでしょうか。

質問12思い出に残る作品、または達成感を感じた作品は?

過去のものでは、長年やらせていただいた「スタートレック・シリーズ」(大勢の翻訳者さんで手分けしてやっていますが)は愛着もあり、思い出に残っていますね。達成感を感じた作品は、最近のもので3時間近い劇場用のドキュメンタリー映画(字幕)です。内容も社会学的なもので非常に難しかったですし、死ぬほどの分量でした…。これはさすがに帰国を合わせて試写に行ったんですが、普通3時間の劇映画なら、5~6時間で試写が終わるであろうところ、丸2日間の試写でした…。しかも朝イチから終電まで…。監修で本の翻訳の方がついていまして、「この用語は必ず出したい!」「いや、字数的にとても入らないから、この言葉ではどうですか?!」「うーん、それだとニュアンスが…」「では表現をひっくり返してこうでは?!」と侃々諤々の2日間、脳の中のブドウ糖を本当に本当に使い果たしました…。でも監修のかたやプロデューサーさん達の素晴らしいひらめきをたくさんいただき、いっぱい勉強させていただき、いいものになったと思います。

質問13 長く仕事をしてきて、忘れられない出会いはありますか?

ひとつひとつの出会いが全部今に繋がっている感じですね。なんか、とりあえず一生懸命やっていると、その時々に出会った方達から学ぶことあり、助けてもらうことあり、仕事に繋がることありで…。でも、私は元々人見知りの小心者なんですが、こんな仕事をしていると色んな興味が湧いてくるので、自然と友人や仕事関係の知り合いの方も少しずつ広がっていくように思います。

質問14 尊敬する翻訳者や制作会社のスタッフはいますか?

いますね。作品を見てうならされる翻訳者さんたちや、素晴らしいプロっぷりを見せてくださる制作スタッフの方々。皆さんも同じだと思いますが、松浦美奈さんの流麗な字幕、太田直子さんの簡潔な笑える字幕など見ると嬉しくなって、足下にも及ばない私ですが「頑張ろう!」と思います。あと以前某社で同僚だった翻訳者が、大作の吹替え作品で素晴らしい仕事をしているのを見て、「ああ、吹替えもこのレベルまで到達できるんだ!」と本当に感激し、「私も少しでも作品をよくするように頑張ろう!」と、ちょっと天に向かって拳を突き上げてみたくなったこともあります《笑》。その作品では、翻訳、演出、役者さん全員が、本当に最高の能力を発揮して作品を作っているのが手に取るように分かりました。なかなか条件的にそうできない仕事も多いですが、私のレベルで出来ることは常に全てやり切るようにしよう!と決意を新たにしたものです。

質問15 思い出すと顔が青ざめる失敗なんてあります?誤訳とか?

…あー、思い出したくないですねぇ《笑》。…いえ、そりゃありますよ。これ、作品名言っていいのかな? …やめておこう《笑》。軍隊の階級とかでですね、海軍の中尉と少尉はそれぞれ、First LieutenantとSecond Lieutenantだったりする訳ですよ。でも呼びかけで呼ぶ時は、そんなのいちいち1stとか2ndとか付けませんから、英語で"Lieutenant!"と呼ばれていたんですね。で、台詞中ではどっちなのかどうしても分からないので年齢的に少尉にしておくしかないか、とそうしておいたら、後に襟章の星の数で、実は中尉だった!と分かったことがありまして…。…もう、冷や汗ですね。本当、階級とか数字の間違いには気をつけないと。あと、アフレコ現場で局のプロデューサーさんに、「これは本当はこういう意味じゃないの?」と誤訳を指摘された事もあります。それはキャリアの最初の頃で、本当に焦りまくりました。そういう時はもう、素直に認めるしかないですね…、「すみません、間違えました。」と。ネイティブじゃないですから、誤訳が完全になくなることはあり得ないですが、とはいえ、もちろんあってはならないことなので、指摘されたときの恥と焦りを胸に、研鑽を積む毎日です…。

質問16 今のお仕事をしていく上で、大切にしていることがあったら教えてください

やっぱり日本語を磨くことですね。いつでもどこでも「言葉」「表現」を気にしています。無理してそうしているというより、自然にそうなりますよね。あとは、細かいところで手を抜かない!「ま、いっか」はいかん!「神は細部に宿る」とか言われますが、本当、細かいところを詰められるかどうかが、よい翻訳になるかどうかの勝負の分かれ目!《笑》忙しくなると「ま、いっか心」が出がちですが、「いかん、いかん!」とブンブン頭を振りつつ、それをいつも自分に言い聞かせています。

質問17 今後は、どんな作品を翻訳したいですか?

ドラマや映画ももちろん好きですけど、最近ドキュメンタリーもかなり好きですね。世の中には色んな問題があって、そういうのと真っ正面から取り組んでいる作品に気概を感じます。しかもハリウッド映画と違って超低予算なのに《笑》。あとはコメディ物などを、本当に素直に自然な日本語として笑えるように、アクションにも表情にも完ペキに合わせて全編訳せるようになれたらいいなあ、と思います。「いいなあ」じゃなくて、なれるようにしないといけないですね、日々修行してます《笑》。

質問18 最後に、荒木さんにとっての映像翻訳の魅力ってなんですか?

まあ、やはり好きなことを仕事にしていられるのが一番の幸せですよね。そうじゃないつらさも知っていますし。色々苦労はありますが、やっぱり楽しいです。よく言われることですが、仕事をしながら感激して泣いたり笑ったりできる訳ですし。この間も、締め切りで一分一秒を争うっていうのに、吹き替えの尺あわせをしながら泣いてしまって、一行読む毎に鼻をかんでいてロクに進まなかったり《笑》。あと訳詞を吹き替え用に作るときなんか、何回も何回も歌詞を直しつつ歌ったり。仕事で歌うなんて、歌手以外メッタにないよなあ《笑》なんて思いながら歌ってます。毎回違う作品で、違う世界観に触れられますし、新しいことを学べますし。こんな楽しい仕事をこれからも続けられるように頑張っていきたいと思います。

18年のキャリアを十分に生かして日本とアメリカを行き来している荒木さん。
これから翻訳を志す方々にとっては、参考になるお話が山ほどありました。苦労さえも明るく語る荒木さんのお人柄にふれて、こちらも笑みを浮かべたくなるほどです。仕事ををこよなく愛する情熱的なまなざしと、明るい雰囲気を紙面で伝えられないのが、本当に残念です。これからも翻訳で私たちを楽しませてください。


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