現役翻訳者のインタビュー:三宅直子さん

File no.002:三宅直子さん

映像翻訳歴 : 5年
映像翻訳は好きなことが集大成された仕事。天職だと思っています。

商社、大学、米系企業などに10年以上勤務した後、映像翻訳学校で映像翻訳を学ぶ。卒業後、トライアルを受けフリーランスに。卒業校からの仕事を足がかりに現在は映像翻訳会社数社に登録し、SSTを使った字幕を主に、CSやDVDのドラマや映画、特典、ドキュメンタリー、翻訳チェックなどに従事している。家族は1人(と犬と猫)。

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質問1 最初に、映像翻訳者になる前はどんな仕事をしていたのですか?

大学卒業後は商社の事務から始まって大学…外資と何度か転職をし、秘書やマーケティングの仕事をしました。途中、放送局で翻訳チェックをしていた期間を除き、翻訳とはあまり関係のない仕事が多かったですね。英文科卒ではなく留学経験もないので、会社で英語を使えたこと、会社で英語ネイティブの友達と知り合ったことは、後から考えると今の仕事に、また文化を知る上でも、とても役立っていると思います。

質問2 映像翻訳者になろうとしたきっかけは?

会社を辞めることを考え始めた時、条件ではなく「本当に好きなことを仕事にしたい」と思い、今までやってきた仕事の中で何が楽しかったか、それに関連したものをしたいと考えました。そして言葉を扱う映像翻訳の仕事が最も楽しく、自分のスキルも生かせると思って学校に通ったことがきっかけです。実はそれより何年か前にも字幕で有名な先生の講座を受けたことがあるのですが、その時は先生の知識の深さに圧倒されて「私にはとうてい無理」と思ってあきらめた経緯がありました。でもその時よりは英語の理解力も上がり、学校に通ってみて「これしかない!」という想いを強くしました。

質問3 どんなふうに勉強したんですか? 独学? 制作現場? 学校?

基本的なことはすべて学校で教えていただきましたし、その後、仕事の中で教わったこともたくさんあります。もちろん今も、ジャンル、作品によるポイントの違いなど、学ぶことはまだまだあります。映像翻訳を仕事にすると決めてからは、CSの番組やDVDを意識的によく観るようにしました。同じ作品の字幕を何度も観るなどです。また日頃から本はいろんなジャンルのものをよく読んでいます(これは勉強という感じではなく、ただ好きだからですが)。漫画も読んだほうがいいと言われるので、面白いものがあれば読みたいと思っているのですが…、今後の課題ですね。

質問4 翻訳で一本立ちできるようになるまでどのくらいの時間がかかりましたか?

一本立ちできるまで2年ほどかかりました。会社を作った人が「2年は赤字」と言うのを参考に、2年の赤字を覚悟して貯金をしました。最初の年は、会社員時代から激減した年収に、「映像翻訳だけで生きていけるんだろうか」と不安になりましたが、会社を辞めていたし犬も飼ってしまったし「これで行くしかない」と必死でした。それにきついことがあっても何より楽しかった!何年かすると内容、方法次第で収入を上げていくことも可能だと思えるようになりました。

質問5 初めて受けた仕事について教えてください?ドキドキしました?

最初の仕事は卒業した学校から頂いた動物もののドキュメンタリー(VO)でした。名前は出ません。以前から漠然と「自宅で犬を飼いながら好きな仕事をしたいなあ」と思っていたのですが、初めての仕事が犬もののシリーズで、(その時点では翻訳だけでやっていけるか分からなかったにもかかわらず向こう見ずに)犬を飼い始めたばかりだったので、「この仕事は神様の思し召しだ」と勝手に思い込んでいました。
やはり最初の納品は緊張しました。でも本当に大変なのは、ドキュメンタリーで何回か納品した後にきついフィードバックを頂いた時で、これには力不足を痛感しました。へこみましたが、スキルアップには必要だし、本当はありがたいことなんですよね。
当時は素材をFFFTP(ネット上で映像を送るソフト)に落とすということもなかったので、電話を受けたらすぐに素材を取りに行って翌日まで、なんていうものやスクリプト(台本)なしのお仕事もしました。初年度は特に実績がないので、とにかく「何でもやります!」という姿勢でした。当然新人に回ってくるのはきつい仕事もありましたが、それでも苦ではなかったし楽しかったです。その後も、きつい納期の仕事を受けることや仕事が重なることはよくありますが、お陰でスピードだけは速くなって少しは自信になっています。

質問6 フリーランスで仕事をすることでの不安は?

本当は会社員でもそうだと思いますが、フリーランスに絶対的な安定ということはないと思います。最初のころは、納品が終わって次の仕事が決まっていないと「もう一生仕事が来ないかも」と不安になっていましたが、後から考えると「結局1日も休みがなかった」という状態が続いたりして、不安に思うよりも、毎回ベストを尽くすことが大切だと思えるようになりました。今、いい翻訳をすることが一番の営業だと思います。

質問7 ひと作品の料金や、1本の仕事にかける時間はどのくらいですか?

料金についてはクライアントや仕事によってまちまちですが、10分単位では1万~1万5000円前後が多いです。50分のドキュメンタリーだと5~6万、100分の映画だと10~15万ほどという計算です。
かける時間はドキュメンタリーですと、調べ物が多いので50分もので5日~1週間、30分ドラマで2~3日、100分の映画だと1週間~10日が平均でしょうか。ドラマでもコメディーやシットコムはもう少し時間がかかります。

質問8 現在、どんな仕事をしていますか?

犯罪シリーズ物のドキュメンタリーをいただいています。実際に起きた犯罪の捜査を追った作品で、鑑識などの専門的な内容に入り込みすぎることなく、誰にでも楽しめる内容です。

質問9 翻訳環境を教えてください。

PCはSSTの動作を最優先し、映像ソフトなどがあまり付いていない物で容量を増やし、画面の大きいものを使っています(具体的にはDELLのInspiron9300)。辞書はリーダースプラス、ランダムハウスなどをPCにインストールしています。紙ベースでは国語辞典、スラング辞典、英英辞典などです。

質問10 仕事の時間を確保するために何か工夫をしていますか?

基本的に、食べる、寝る以外は、ほぼすべて仕事に充てられ、家事の負担もないので、特に工夫ということはないです。スポッティングを終えたら、納期まで1日にこなす量を決めるので、納期直前に焦って徹夜になって頭が回らないようになるのを避けるため、日々のノルマを守るようにしています。出かける用を入れた場合は、当日は存分に楽しめるよう原則、前日までにその日出来ない分をしておくくらいです。

質問11 スキルを磨くために、日々気を付けていることは何ですか?

人の翻訳を見る(聞く)こと、いい文章を読む(聞く)こと、疑問に思ったら調べることでしょうか。

質問12 思い出に残る作品、または達成感を感じた作品は?

今までで最も記憶に残っているのは、共に全シリーズを翻訳した英国のコメディとアメリカのドラマです。シリーズすべての回を翻訳するということが初めてでしたし、英国文化の笑いに苦労しましたが、制作会社のすばらしい演出のかたにお会いして、打ち合わせやフィードバックのお陰で非常に勉強になりました。アメリカのドラマは反対に愛憎渦巻く若者ドラマで、演出のかたから、嫉妬する女のメリハリあるきついセリフ使いなどを教わりました。
またシットコムでもコメディをさせていただき、吹き替えと字幕の両方をしましたが、笑いが入っているのが大変でしたが印象深く残っています。
昔の映画が好きなので、「ガス燈」「オリバーツイスト」なども非常に楽しかったですね。

質問13 長く仕事をしてきて、忘れられない出会いはありますか?

仕事だけでなく生き方という意味でもいい影響を与えてくださった方は2人です。1人は大学に勤めていた時の上司、もう1人はベテラン通訳・翻訳者の女性です。余裕のある自然体で知識豊富、なおかつエネルギッシュで、あんなふうになれたら…という目標です。また逆に行動するバネになったと思うのは、当時反発した人たちです。その時は嫌だと思っても、後から考えるとそれがきっかけで反省したり新しいことを始めたりしているので、マイナスがきっかけで大きなエネルギーになっていることも多いと思います。

質問14 尊敬する翻訳者や制作会社のスタッフはいますか?

振り返ってみると、無意識に映像翻訳に触れて面白いと思っていたのは、額田やえ子さん吹き替えの「刑事コロンボ」シリーズだったと思います。独特のセリフ回しは今では時代がかって聞こえる点もありますが、作品や登場人物に合った口調を作られていると感心しました。今でも大好きで、あんなふうに作品、登場人物に合った口調、セリフ回しが作れたらと思います。尊敬する翻訳者は大ベテランの石田泰子さん、松浦美奈さんなど大勢いらっしゃいます。先日、吹き替え講座を受講した際に教えていただいた川本燁子先生は、字幕とは違う吹き替えという世界のベテラン翻訳者の生き生きとしたセリフに驚きました。
またスタッフのかたについては、制作会社の演出のクオリティの高さ、忙しい業界なのにスタッフのギスギスしない明るく和気あいあいとした雰囲気にはいつも感心しています。

質問15 逆に、思い出すと顔が青ざめる失敗なんてあります?誤訳とか?

幸い“大失敗”ということはないと思うのですが…。知らされていないだけでしょうか。先に書いた新人のころにドキュメンタリーを納品し、数々の力不足を指摘された時が一番ショックでした(その後、先輩に皆さんそうだと聞いてちょっと安心したのですが、安心してもしょうがないんですよね)。
誤訳については、完成させてお風呂に入っていたら、突然「あ、あれはこっちの意味だった」と浮かんだことや、2つに解釈できる文章がどっちの意味か分からずお芝居を観に行って、帰ってきて考えたら違う第3の意味だとひらめいたことなど、翻訳から離れて気が付いたことはあります。
最初のころは原文を読むことに引きずられて解釈を間違ったことがありましたし、ネイティブに聞くことも多かったように思います。でも徐々に、音を聞いて流れをつかんだほうが意味がくみ取れると思うようになり、またチェックの仕事をしたことでチェッカーの客観的な視点も少しは分かるようになってきたかな?と思います。

質問16 スランプに陥ったことがありますか?

基本的にこの仕事が好きですし、大きなスランプに陥ったことはありません。でもドキュメンタリーで、努力しても興味を持続することが難しかったり、難しい文章の話が何話も続くと、ドラマのように字幕数もこなせず気分的に行き詰まるので、よく気分転換します。具体的には犬の散歩、読書、映画、寄席、マッサージや鍼、友達とおいしいものを食べるなどの、ちょっとしたことです。今は健康、肩こり軽減のためヨーガを始めたいと思っています。

質問17 今後は、どんな作品を翻訳したいですか?

基本的にはどんなジャンルの仕事でも受け、どんな作品でもいい所を見つけようと思っています。ただ希望としては、最初の目標でもあったドラマや映画で、面白い、または感動する作品と巡り合って、自分なりに納得できる翻訳が出来たら本望です。難しいですが、またコメディーや吹き替えにもチャレンジしたいですね。そのためにも今の仕事でいいものを出し、向上して力を蓄えておくことが必要だと思っています。

質問18 最後に、三宅さんにとって、映像翻訳の魅力を思う存分語ってください。

映像翻訳は制限字数内で言葉を表現する仕事。難しいからこそ一生をかける価値のある面白い仕事だと思います。複数の仕事を平行して受け、何週間も仕事以外には睡眠と食事の時間しかなかったり、何ヵ月も休みがないこともありますが、それでもまったく苦には思いません。むしろ面白いドラマなどは食事をしていても早く翻訳したいと思うこともあるほどです。またちょっと納期がきついと思っても、やってみると出来るものだと思います。そうして翻訳スピードが速くなり、自信につながるので、ぬるま湯にいるよりチャレンジしたほうがクライアントだけでなく自分のためにもいいのではないでしょうか。
日本語は話すのは簡単、書くのは難しいと言われますが、パズルのように制限字数内にニュアンスを含めて表現できた時は、自己満足ですが小さな喜びがあります。また仕事をしながら思わず感動して泣くなんていうこともありますが、感動できる仕事なんて、そうめったにあるものではないと思います。そんな仕事に巡り合うことができて、本当に幸せだと思っています。
フリーランスになりたてのころ、「好きなことを仕事にすれば一生働かなくてすむ」という孔子の言葉をマイケル・J・フォックスの「ラッキーマン」で読んで感動しましたが、まさにそのとおりだと思います。中にはもちろん、ドキュメンタリーの技術的な内容の話に興味が持てずに「つらい」と思う瞬間もありますが、好きでい続けることにも努力が必要なんですよね。翻訳の質の向上と共に、興味を持てない内容のものでも持ち続ける、ということが今の私の課題です。

ありがとうございました。映像翻訳が天職だとおっしゃる三宅さん。会社員からフリーランスへ転向する際に、赤字覚悟で決意してペットと共に暮らすくだりは、夢を実現するのに大切な強い意志を感じました。これからも多くの作品を翻訳して、私たちを楽しませてください。


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